『宴』
夢を見た。
おぼろげで靄がかかったような夢だった。
夢の中で俺は誰かに抱きしめられているようだった。
顔は見えない。
けれど、その力強い腕からぬくもりが伝わってくる。
俺は心底安心していた。
なのに。
突然、そのぬくもりが消えてしまう。
まるで深い闇の中に一人取り残されたかのような、孤独と絶望。
そしてそれ以上の。
罪悪感。
夕飯が終わった後のくつろぎの時間。
「なんか今日は慌ただしいな」
俺は居間のソファに座りながら、ふと呟く。どうやら何かの業者が出入りしてるみたいだけど。
すると俺の目の前でテレビを見ていた優莉が反応した。
「あれ、由宇くん知らないの?」
「何を」
「えっとね、明日ここでパーティがあるんだよ」
「・・・・・もっと詳しく」
「だからね、明日ここでパーティがあるんだよ」
「もっと詳しく教えてくれ、怜莉」
俺は尋ねる対象を隣で紅茶を飲んでいる怜莉に変えた。優莉じゃ埒が明かないし。
「・・・仕方ないわね」
「なによぉ、私が教えてあげたじゃない」
そんな優莉のぼやきは完全に無視。
「由宇人、あなたアーネリアって国は知ってる?」
「・・・・一応」
そりゃ知ってますとも。
「その国を治めてるリーレル王家と星織家は親戚なんだけど」
「えっ、親戚?マジで?」
何それ、そんな情報初めて知ったんだが。
「・・・お母様がそのリーレル家の出なのよ。まぁそれ以前から繋がりはあるらしいけどね」
「どう由宇くん、凄いでしょ」
お前が威張るな。
「それで現在のアーネリアの女王様はお母様の妹なの。だから、女王様と私たちは叔母と姪の関係にあるわけ」
「そして、その女王様の一人娘、つまり私達の従姉妹なんだけど、その娘が明日うちに来るんだよ。シャルロットって言うんだけどね」
「曲がりなりにも一国の王女様が来るというわけで歓迎パーティを開くというわけ、分かった?」
「・・・すごい話だな」
俺はまさに開いた口が塞がらないといった感じだった。まさかこの二人にそんな重大な秘密が隠されていようとは・・・。
「だから明日はあなたもパーティに出席するのよ」
・・・・・うん?今なんか聞いてはならないことが聞こえたような。
「はい?」
「だから明日はあなたもパーティに出席するのよ」
怜莉が二度も恐ろしいことを口走る!
「な、なんで!?」
そ、そんなお偉い方のパーティになんで俺が出なくちゃならないんだ!自慢じゃないが俺は子ども会以上のパーティは知らんぞ!?
「だって」
怜莉はいつも通りの澄ました顔で、
「シャルロットはあなたに会いにくるんだもの」
とんでもないことを口にした。
「急展開すぎる・・・・」
そんな俺の呟きはパーティの喧騒でかき消された。
というわけで翌日。学校から帰った俺は(演劇の練習でヘトヘトだったにも拘らず)強制的に弥生さんに正装に着替えさせられ、あれよあれよと流されてこんなところにいる。
「疲れてるんだけどなぁ・・・」
思わず溜息が漏れる。
「そんな顔をしていると浮いてしまいますよ、由宇人様」
「・・・弥生さん」
いつの間にか弥生さんが俺の目の前に立っていた。どうやら弥生さんは給仕をしているようだ、幾つかのグラスが載ったお盆を持っていた。
「飲み物でもどうです?」
「ああ、ありがとうございます・・・・・ってこれワインですよね」
「まぁまぁ、こんな席なのですから固いことは言いっこなしで」
どんな席だろうと未成年にアルコールを勧めるのは大人としてどうかと思います。
そんなこと思いつつもちょっと興味があったので、俺はクラスを受け取ると一気に飲んでみた。
「・・・・苦」
何だこれ、苦いだけで少しも美味しくない。
「やっぱり由宇人様には少し早すぎましたか」
と言いながらも満面の笑みを浮かべる弥生さん。・・・・・きっとこの人わかっててやったんだろうなぁ。
「さぁさぁ、由宇人様もボーっと突っ立ってないで、皆様に挨拶でもされてきたらどうです?」
「そんなこと言われてもね・・・」
ほんの2ヶ月前まで庶民だった俺にそんなスキルがあるわけない。
「まぁあと少しでシャルロット様もご到着なされると思うので、そうしたら嫌でも由宇人様の出番ですよ」
と弥生さんは非常に楽しくて仕方がないみたいな笑顔を浮かべる。くそ〜、他人事だと思って・・・。
「それでは私は給仕に戻りますね」
散々俺をおちょくった弥生さんは現れたときと同じように唐突に消えていった。残された俺は何をするでもなくフロアを眺めていた。
(やっぱり二人はお嬢様なんだなぁ)
俺の視線の先にはお揃いの純白のドレスを纏った優莉と怜莉がいる。二人はさっきから体積が人並み以上の初老の男性や色彩豊かな格好の貴婦人などに(言葉を選ぶのに苦労した)何度も声をかけられていた。
(俺には出来そうにない)
そう結論付けると俺は外へと続くバルコニーに出た。
「風が気持ちいいな・・・・」
俺はきっちりと締められていたネクタイをを緩めると、バルコニーの欄干にもたれかかりながら夜空を見上げた。
「・・・・・・」
ここは空気が綺麗なのか、それとも単に辺りに光がないからなのか、とても星が綺麗に見えた。
(思えば遠くに来たよな・・・・)
俺は何というわけでもなく深く息を吐く。
2ヶ月前まで平凡な暮らしを送っていた俺が、いまやこんなところでこんな格好をしている。
何だか滑稽だ。笑えてくる。
これは一体なんの喜劇だろう?
それとも悲劇だろうか?
馬鹿馬鹿しいと思いながらも、俺の頭は考えることをやめてくれない。
(本当に・・・・何なんだろうな・・・)
考えてもしょうがないとは分かってるんだ。
俺の家族は皆、俺の前から消え去り、残った俺はもう人間ですらない。
どうにも出来ないことと、自分で選んだこと。
過去を考えることは無意味ではないけど、少なくとも今の俺には何も与えない。
自分が自分で分からない。
これからどうしたらいいのか分からない。
「分からないづくしだ・・・」
知らず自嘲めいた笑みが浮かぶ。
「何・・・やってんだろうなぁ・・・」
「由宇人?」
声がすると同時にバルコニーに出るガラス戸が開かれる。現れたのは怜莉だった。
「何してるの?」
「ちょっと涼みに来ただけだよ」
「そう」
そう言いながら怜莉は俺の隣に来る。怜莉は会場に背を向ける形で欄干に身体を預けた。
「・・・・・」
俺も、怜莉も、何も喋らないまま時間だけが過ぎていく。
気まずいわけでもない、落ち着かないわけでもない、そんな空気が俺達の間に漂い始める。
俺は横目で怜莉を見る。
怜莉は凛とした顔を今は星光る夜空に向けていた。俺もつられて再び顔を上げる。
視界に映るのは満点の星空。
きっと今の俺は幸せなんだろうな。
他人から見れば羨ましがられるかもしれないほどに。
だから、
この胸が晴れないのは、
俺自身のせいなんだろう。
そんなことを考えていると、ポツリと怜莉が口を開いた。
「・・・・・由宇人」
「ん?」
怜莉は俺の名を呼ぶと、続けてこう言った。
「また何か悩んでるの?」
「・・・・・・」
俺は言葉が出なかった。
怜莉がゆっくりと身体をこちらに向ける。
「・・・・あなたはいつもそうやって独りで抱え込むのね」
「怜莉・・・・」
怜莉の瞳が俺を射抜く。その綺麗な青い瞳は、今は静かに揺れていた。
「相談・・・してくれてもいいじゃない・・・」
怜莉は悲しそうに顔を伏せる。
「・・・もっと、近づいてよ・・・」
怜莉が声を震わす。
「・・・・ごめん」
・・・・結局、俺が搾り出せたのはそんな卑怯な言葉だけだった。
「・・・・馬鹿」
怜莉はそう小さく呟くと、会場へと戻っていく。
「怜莉・・・・」
「そろそろシャルロットが来るわ。あなたも中に入りなさい」
それだけ言い残し怜莉は静かにガラス戸を閉めた。
「・・・・・・・」
様々な感情を胸の中に抱きながら、俺も続いて中へと入っていった。
「二人とも何してたの?もうすぐシャルちゃん来るよ?」
「ちょっと風に当たりに行っただけよ」
何事もなかったかのような怜莉の態度。俺はほっとしたような悲しいような、自分でもよく分からない感情を抱いた。
「どう?由宇くん。パーティは楽しい?」
優莉がそう言いながら俺の顔を覗き込んでくる。
「まさか。一刻も早く終わって欲しいよ」
「そう言うと思った〜」
楽しそうに笑う優莉。
「ねぇ由宇くん。一緒に踊らない?」
「無理、やだ」
即答。俺は盆踊りすら踊れない男だ。
「そんなこと言わないでさ〜、これも演劇の練習の一環だと思って」
「いや、ホントに無理だって」
このまま拒否し続けていれば優莉は渋々引き下がったはずなのに、
「そうね。確かにダンスの動きと演劇での立ち振る舞いには似通ったものがあるかも」
「ほらほら〜、怜莉ちゃんもこう言ってるんだし」
怜莉が余計なことを言うから、水を得た魚のようになっちゃったじゃないか。それに演劇のためになると言われたら、未だ技量で劣る俺はやるしかない。
「・・・・・恥かいても知らないからな」
「ぜぇ〜っぜん大丈夫!じゃああっち行こ!」
優莉は言うが早いか素早い動きで自分の腕と俺の腕を組む。振りほどこうとも思ったのだが、もし力を込め過ぎたら、きっと俺の腕は華奢な優莉の身体を吹っ飛ばしてしまう。
優莉のなすがまま、強引に手を引かれて連れてかれる俺の目に映ったのは、どこかへと立ち去る怜莉の後姿だった。
ふと思う。
もしかしてさっきのあれは、怜莉なりの仕返しだったのかな、と。
会場の中心は今やダンスホールと化していた。優雅な曲に合わせて男女が身体を密着させて踊っている。
こんなの映画でしか見たことない俺にとっては、いるだけで緊張を強いられる空間だった。
「由宇くんは社交ダンス初めて?」
「当たり前だろ。そもそもダンスが生まれて初めてだって」
俺の言葉に何故か笑顔になる優莉。
「そっかそっか〜。じゃあ私が優しく教えてあげる」
言うが早いか、優莉は俺の左手を握るとそのまま抱きついてきた。
「ゆ、優莉?」
素っ頓狂な声を上げる俺に構わずに優莉は俺の背中に腕を回す。
「最初はワルツだよ。由宇くんは私の動きに合わせて」
「わ、分かった」
「私の足の動きに注意してね。ワルツのリズムは4分の3拍子でアクセントは一拍目だよ。由宇くんなら分かるよね?」
「多分・・・」
「じゃあ由宇くんは右手を私の背中に回して」
優莉に導かれるまま俺が腕を背中に回すと、より俺と優莉が密着する形になった。気恥ずかしさで顔が真っ赤なのが自分でもよく分かる
優莉は左手を俺の右肩に乗せる。そして右手は俺の左手を優しく握ったまま、向かい合った俺と優莉。
「これがクローズドポジションって言うんだよ」
「・・・恥ずかしいな」
「ふふっ、そうだね」
そう言いながらも優莉は微塵も恥ずかしさなど感じていないみたいだ。むしろ嬉しそうに見える。やっぱり慣れなのかな。
「じゃあ・・・踊ろうか、由宇くん」
「私めでよろしければ、お嬢様」
俺が冗談めかしてそう言うと優莉は微笑を浮かべる。
「こちらこそ喜んで」
そして俺たちは踊り始めた。
曲のリズムを取るのはさほど難しくはなかった。一応俺も少しは音楽をやっているから、その点は大丈夫だったんだけど・・・。
「由宇くん、足の運びが変だよ」
「あ、ああ、悪い・・・」
やっぱり一朝一夕でどうにかなるわけもなくて(俺自身運動神経がいいわけではないし)最初の10分ぐらいは優莉の足を踏まないようにするのに精一杯だった。
それでも続けていれば少しは慣れるもので、ぎこちないけれどどうにか形にすることが出来るようになった。
「やっぱり由宇くんは筋がいいね」
「結構いっぱいいっぱいだけどな」
音楽に合わせて右へ左へ。
前に2歩進んだら1歩下がる。
何だか段々楽しくなってきた。
優莉は慣れたもので、俺が間違えそうになるとさり気なくリードしてくれる。
その打てば響く感じが嬉しくて、俺は知らずにさっきまで鬱々とした感情を忘れ去っていた。
結構パーティもいいものかも・・・、と俺が思ったとき、不意に会場の扉が開かれた。
音楽が止まると同時にダンスも止まる。
何事かと思って見ると、まず目に付いたのは紅いドレスに身を包んだ水無月の姿だった。
(う・・わっ・・)
絶句してしまう。普段、ブラウスとスラックスで身を固めている水無月はほとんど私服を着ない。その水無月が見方によっては扇情的にも見えるドレスを着て、しかもいつもは編んでいる艶やかな黒髪を下ろしている姿なんてきっと拝んでも見れないだろう。
「シャルロット様のお入りです」
そう水無月が言ったあと、ようやく俺は水無月の後ろに誰かいるのに気付いた。
「こんにちは、皆さん」
そう流暢な日本語を話すのは黒を基調とした落ち着いたデザインのドレスを着た外国人の少女だった。歳はきっと俺と同じぐらいだろう、長い金髪をツーサイドアップにしている少女は、どことなく優莉と怜莉に似ていた。
「アーネリア王家、シャルロット・ルエ・リーレルと申します。以後お見知りおきを願います」
そう言って彼女が一礼をすると会場に大きな拍手が巻き起こる。
拍手が止むと、今まで止まっていた音楽が再び流れ出し、あっという間に彼女の周りには幾人もの人だかりが出来ていた。
「シャルちゃん、成長したな〜」
と何故か感慨深げな優莉。
(あれが、吸血鬼の国のお姫様か・・・)
まだまだ宴は始まったばかりみたいだ。
優莉が「シャルちゃんに挨拶してくるね」と怜莉を連れて輪の中に入って行ったので、やることもない俺はとりあえずなんか食おう。
と、料理が並べられているテーブルのところに行こうする俺に呼びかけられる声があった。
「由宇人様」
そこにいたのはどこか恥ずかしがっているような気がしないでもない水無月だった。
「お食事ですか?」
「・・・うん、まぁ」
言葉が濁ったのは水無月にこうも簡単に考えが読み取られたから。
心の中で苦笑い。何だかこの家に来てから、考えが見透かされることが多い気がするな。
少しだけ反省しなくてはならない。
「水無月も、いないと思ったら彼女と一緒にいたんだな」
「ええ、シャルロット様のお世話をしていました」
「でもなんでそんな格好を?」
「・・・これは、シャルロット様に無理矢理着させられたのです」
僅かに頬を紅くする水無月。
「あの・・・・変・・でしょうか?」
「そんなことないよ。凄く綺麗だ」
「あ・・・ありがとうございます」
水無月はそう言いながら下を向いてしまう。まぁ、その格好がよほど恥ずかしいんだろうな。いつもの毅然な水無月とは打って変わったその様子がたまらなく可愛いのだが、それを言うのはやめとこう。きっと水無月も恥ずかしいだろうし、それ以上に俺が恥ずかしいつか気持ち悪い。
「水無月も食事まだだろ?一緒にどう?」
「ええ是非」
二人で幾つかの料理を選ぶと近くにあった食事用のテーブルに向かい合って座る。
無言で食事。水無月は食事中まったく喋らないので、こうなるのは必然。俺も食べながら話すのはあまり得意ではないので、それは別に構わない。今はそんなことよりも大事なことがある。
何だこれは。
どういうことなんだ。
俺は自分が感じたものをもう一度確かめる。
ありえない。
わけが分からない。
「・・・なぁ、水無月」
思い切って聞いてみよう。
「何でしょうか?」
「ここの料理は水無月が作ったのか?」
「ええ、弥生にも手伝ってもらいましたが」
「それじゃあさ・・・」
俺は一泊置いて、
「この・・・・食べ物と呼べるかどうかもギリギリの物体は何?」
「それは・・・ラーメンです」
「・・・・・やはりそうだったのか・・・・」
もしかしたらそうなのかな、とは思っていたけど、改めて言葉にされると何か嫌なものがあるな。
「で、これを作ったのは・・・・」
「優莉様です」
「・・・やっぱり・・・・・」
こんな奇想天外なものを作れる人間など、この広い世界でも優莉とあと5人ぐらいしかいないだろう。
・・・・あと5人もいるのか、嫌な世界だな。
「その、優莉様が由宇人様の好物のラーメンを是非作ってあげたいと」
水無月は見た!善意が悪意に変わる決定的瞬間!
まぁ、一応フォローしとくと決して不味いというわけじゃないんだ。と言うより美味いとか不味いとかそういう次元で語れるものじゃない。なんかもう色々超越しちゃってる、と言うのが一番近いかな。俺自身、なんでこれを手に取ったのかまるで覚えていないんだ。気が付いたら俺の口の中にあったっていうか。まぁどうせ後で感想を聞かれただろうから食っといて良かったかな、食ってないなんて言ったら何されるかわかんないし。
誰に対してか分からない説明を心の中で吐き出す。
そんなこんなで食事は終了。ちなみに優莉の作ったアレを食べてから、どんなものを口にしても味がさっぱり分からなかったが、まぁ気にすることじゃない。ただ水無月のスペシャル料理を味わえなかっただけさ、畜生!
その後、水無月は仕事があると言ってどっかに行ってしまったので、またまた手持ち無沙汰になった俺。
というか、
(ちょっと息抜きにでも行くか・・・)
正直そろそろこの場にいるのもしんどくなってきたし、俺はそう結論付けると(あの二人に見つからないように)人知れず会場を後にした。
何だか部屋に戻るのも躊躇われたので、会場の上の階にある植物園に行くことにした。
植物園は床以外の全方位をガラスで覆われている空間で、今は月の光だけがそこにある植物達を照らしていた。
てっきり誰もいないと思っていたのだが、植物園のちょうど中心にある噴水の縁にエルリアが座っていた。
「エルリア」
俺が呼びかけるとエルリアは上げていた顔をこちらに向ける。
「・・・ああ、お前か」
「こんなところで何やってるんだよ」
俺は言いながら同じように噴水の縁に腰掛ける。
「お前こそ。今はパーティじゃないのか?」
「あまりにつまらないから抜け出してきた」
「そんなことしたら、また怜莉と優莉が怒るんじゃないのか」
「大丈夫だろ。ちょっと外の空気を吸いに行ってたとでも言えば」
とは言ったものの、果たしてそれであの二人の追及をかわせるだろうか・・・。
あれ、変だな、なんだか背筋が寒くなってきたよ。
「・・・・・」
「・・・・・」
そして訪れる沈黙。エルリアは口数が多いと言うわけではないけど、ここまで無口な奴だったかな。
俺は横目でエルリアを見る。
エルリアは俺が声をかける前までと同じように、顔を上げガラス天井の向こうの星空を見ている。
その表情が、何だか悲しそうに見えるのは、植物園を淡く照らす月の光のせいなのだろうか。
「・・・・・なぁ、エルリア」
「何だ」
そっけないエルリアの返事。それはいつも通りのはずなのに、どこか違って聞こえる。
「・・・・いや、なんでもない」
一体俺は何を言おうとしたのかな・・・。自分でも何をエルリアに言おうとしたのか分からなかった。
ただ何か言わなきゃいけないことがあったような、そんな余韻だけが残ってる。
なんだか、そう、上手く言えないけれど、今のエルリアを見てると、なにか変な感じがするんだ。
(俺はどこかで)
例えるなら、
(エルリアのこの表情を)
そう、
(見たことがある・・・・?)
何かを思い出しそうな。
『・・・・私のせいだ・・・・』
頭に鈍い痛みが走る。まるでそれ以上考えるなと、思い出すなと、言ってるように。
(・・・なんだ?)
心臓の鼓動が早鐘を打っている。それに呼吸は荒く、いつの間にか固く握り締めていた手のひらは汗ばんでいた。
(なんだか大事なことを忘れてしまっているような・・・・)
そんな欠落感、喪失感が胸の中にわだかまっていた。無くしてはいけないものを無くしてしまったような、言いようのない焦燥感が残滓のように残っている。
「何なんだよ・・・・」
気が付いたらエルリアの姿はなかった。
もやもやとした何かを抱えながらパーティ会場に戻った俺を迎えたのは、怜莉と優莉のこんな言葉だった。
「あとでパーティマナーというものを骨の髄まで教え込んであげるから覚悟しなさい」
「二度とパーティ会場から抜け出す気が起きないようにしてあげるから覚悟しといて」
ふっ、やるじゃないか・・・どうやら甘く見ていたのは俺のほうだったようだな。じゃあ、次はこちらの番だ・・・・!
「ごめんなさい」
だが俺の攻撃〈謝罪〉などこいつらに効くわけなく、本当にこのパーティの後、俺はパーティマナーについて学ぶ羽目になった。
ま、それはともかくとして。
「いつの間にか大分人が減ったな」
今ではテーブルの辺りにちらほらと見えるぐらいだ。
「もうお開きの時間なんだよ。いつものパーティならもっと遅くまでやってるんだけどね。今日はシャルちゃんも疲れてるだろうってことで早めに終わったんだよ」
と言うのは優莉。そして怜莉が眉尻を上げて、
「本当ならこのパーティであなたとシャルロットを会わせるつもりだったのに、あなたが勝手にどこかへ行ってしまうから」
うん、そんな状況にならなくて良かった、などと口走ればどんな目にあうかは予想が付いたので(正確に言うのなら予想が付かないヒドイことが起こる予想が付く、といった感じだけど)、
「ええと、ごめん」
表面上は謝るしかないわけである。ああ、これが大人の処世術ってやつかな・・・。
「まぁ、いいわ。どうせ今日から一週間、シャルロットはうちに泊まるのだから幾らでも機会はあるでしょう」
「え、そうなの?」
初耳ですが。
「確か由宇くんの部屋の向かいだよ。エルちゃんの隣だね」
そう言えば、怜莉にエルリアのことがばれて以来、あいつ普通に屋敷に住んでんだよな。どうやら二人はエルリアのことをリーレル王家の要人かなんかだと思ってるらしい。・・・・どう見てもそれはないだろうと思うけど。
「今日はもうシャルロットが休んでしまったから、ご対面は明日ね。明日は内輪だけの歓迎会をやるつもりだから、そのつもりで」
「またパーティでもするのか?」
流石に二日連続はきついですよ、怜莉さん。
「そんな大層なものじゃないわ。まぁ、普通の夕食会ね」
「明日は父様も一緒に食事が取れるみたい」
そう嬉しそうに話す優莉。正造さんは家にいないことが多いからな、口には出さないけどやっぱり二人とも寂しいのだろう。
「それより由宇人。劇の本番まであと2週間もないから明日から立ち稽古に入るわ。それと練習時間を明日からあなただけ3時間伸ばすからね」
そんな風に微笑ましい瞳で二人を見ていたら、怜莉がとんでもないことを口にした。
「さ、3時間も?お、おい、それじゃ帰るのが9時過ぎるじゃないか」
「大丈夫よ。帰る時間はいつもと変わらないわ」
「・・・どういうこと?」
「つまりね、由宇くんは明日から家でも練習ってこと」
と言う優莉と怜莉はとっても楽しそうだ。
「私たちがみっちりしごいてあげるから」
「これで由宇くんもブロードスターだよ」
「・・・・は・・・ははは」
最早乾いた笑いしか出ない。
嗚呼、俺のフリーダムよ、どこへ行った・・・・?