『虚ろな永遠』
「あれ〜?水戸君、なんだか眠そうだね」
教室に着くや否や机に突っ伏していた俺にかけられた声にはバファリンの成分の半分以上に、俺をからかって遊ぼう!みたいなのが含まれていた。
無視しようとも思ったんだけど、そうすると後々うるさいだろうなと思って(あっちも俺が起きていることには気づいているだろうし)気だるげに顔を上げるとそこにいたのは、はぁ、やっぱり春音だった(もはや地の文にも溜息が入ってくる扱い)。
「どうしたの?大丈夫?」
言葉だけ聞けば心配しているようだけど、当の春音はいやらしい笑顔を浮かべている。
「・・・・大丈夫じゃないから寝かせてくれ」
「寝たら駄目だよ。寝たら死んじゃうよ」
それは雪山限定の話だ、と突っ込む気力もないのでスルー。
「頼むから、今は、ほっといてくれ」
再び机に突っ伏した俺は心からの願いを春音に言う。
「・・・わかったよ」
と頭上から渋々と言った感じの春音の声が聞こえてくる。
おっ、何だか今日の春音は珍しく聞きわけがいいな。
いつもこうならいいのに、と思いながら俺がまぶたを閉じようとすると、
「おっはよう!春音ちゃん!」
空気読めないバカの登場ですよ。
「おはよう、相楽君」
「いやぁ、春音ちゃんは今日も綺麗だね〜。おっ、水戸はどうしたんだ?具合でも悪いのか?」
「うん、なんだか凄い眠いみたい」
「おい、大丈夫か?1限目体育だぞ」
ああ、そうだった・・・・。ったく、1限から体育とかこの学校は何考えてんだ。俺は仕方なく机から顔を上げ、くらくらする頭を振って無理矢理覚醒させる。
「あ、起きた」
まるでこれは駄目だと思っていたガーターに向かったボールが思わぬカーブをかけてストライクとなったボウラーのような目をする春音〈眠くてよく分かんない比喩になっちゃった〉。
「何だってお前、そんな死人みたいな面してんだ?」
「そうそう、何で?」
有彦と春音が(有彦は若干心配そうに、春音は100%楽しそうに)聞いてくる。
「・・・・昨日遅くまで怜莉と優莉に付き合わされていたんだよ」
俺が億劫そうに言うと、
「な、な、なにぃ!」
「え、えぇ〜!」
有彦と春音は揃って奇声を上げた。
「な、なんだよ」
「水戸君!怜莉と優莉は水戸君の姉妹なんだよ?」
「おおお前、なんてうら・・・・疚しいことを!」
「・・・お前らのその思考回路にびっくりだよ・・・」
「うわ、すごいな・・・」
思わず声を上げた俺の目の前に広がるのは、ステージを中心に扇状に広がったホールだった。
優に1000人をも収容できそうなほどの客席はそれぞれに美しい彫刻が施されており、10m以上も上にある天井に吊られているシャンデリアにはこれでもかというほど煌びやかな装飾がされていて、この大空間をいっそう荘厳なものに仕立て上げている。
見ると1年生達も俺と同じような反応をしていた。
放課後、怜莉が「今日から第2ホールで練習します」と言って連れてこられたのがここだった。学園の正門近くにある巨大なドーム型の建造物にはいくつものホールがあって、節々にはここでイベントが行われるらしい。
「へっへ〜、すごいでしょ〜」
俺の言葉に無駄に勝ち誇る優莉。別に優莉が何をしたというわけじゃないだろ。
「今度の劇はここでやるんだ」
そう言って俺の隣に進み出てきたのは清正だった。
「プロの歌劇団も使うぐらい設備が整ったところなんだよ」
「マジですか・・・・」
絶句。この学校は一体何を目指しているんだ・・・。
「ほら、さっさと荷物運んで。ここ6時までしか使えないんだから」
ステージの周りに部室から持ってきた荷物をすべて置くと、作業が始まった。
役者をやる奴らはそれぞれの衣装に着替え、照明係は二階の照明室へ、音響係はその横にある音響室へと向かっていった。
一応、大道具係でもある俺は、さっさと自分の衣装に着替えるとステージで飾り付けをしている卓巳のもとへ向かった。
卓巳はどうやら舞台の仮天井から吊るすシャンデリアを取り付けようとしているみたいで、孤軍奮闘していた。
「ったく、一人でできる作業じゃないだろ」
「あ、先輩」
俺の声に顔を上げた、まだ幼さの残る顔立ちをしている少年が桐生卓巳。現在演劇部1年大道具係。役割分担のときに自ら大道具係に名乗り出たことで俺が面倒見ることになった〈面倒見るというか、正直工作の腕は卓巳のほうが断然上だけど〉。
「ほら、手伝うから、卓巳はそっち持って」
「でも先輩は主役なんですから、こんなことしなくても・・・」
「こんなの一人じゃできないだろ。つか高志はどうした」
「あいつ今日は休みです。風邪ひいたみたいで」
「この時期に風邪かよ・・・」
「なんか川に落ちたとかで」
「どんな状況っ!?」
どうにかこうにかシャンデリアを吊るすことに成功。そのシャンデリアを改めて見上げる。
「大した出来だな・・・」
「自分で言うのもなんですが、確かにこれは自信作です」
横で卓巳が胸を張る。
「お前って本当に工作上手いよな」
「昔からやってますから・・・」
照れ隠しのように笑う卓巳。正直、卓巳が入部してくれなかったらこんなものを一人で作り上げる自信は俺にはない。
「それに先輩のほうが大変でしょ。初めてなのに主役なんて」
「変わってやろうかつか是非変わってくれ」
「じゃ俺他の書き割り見てきます」
ちっ、逃げられた。
「皆、準備はいい?」
怜莉の声が響く。
「これから通し稽古を始めます。1年生は分からないことがあったら遠慮しないで2年生か3年生に聞くこと」
怜莉は豪奢な青のドレスを身にまとっていて、そんな姿になんの違和感も持たせないほど似合っていた。証拠に周りの男子が呆けた顔をして見惚れている。男子だけじゃなく、女子も羨望と憧憬の入り混じったような感情を視線に宿している。
いや、怜莉だけじゃない。そんな怜莉のそばにいる赤のドレスを着た優莉もそんな彼らの視線の対象だった。普段見せないような真剣な表情で台本を読んでいる優莉は、いつもよりも幾分大人びえて見えた。
(いつものあいつらとは大違いだな)
そんな感想を抱いた俺も、今は中世ヨーロッパの庶民服をイメージしたらしい茶色の服を身に纏っていた。
これら衣装はすべて朝霧さんが作ったらしい、素人目から見ても凄い出来だと思う。店で売られていてもおかしくないくらいだ。
その朝霧さんは今、クリスのメイド服らしき服の着付けを手伝っていた。いつもはストレートに降ろしているクリスの長い髪も今は後ろで括られている、いわゆるポニーテールだ。
その隣では神楽さんが、これまた中世ヨーロッパの町娘をイメージしたらしい服を着て何かをじっと見ていた。
そんな神楽さんの視線に先にいるのは大和、清正と一緒に鎧(本物ではなく、アルミで作られた模造品。かなり精巧に作られていて、こればかりは外に発注したらしい)を纏い最終的な打ち合わせをしているらしい剣瑛だった。神楽さんと剣瑛は親が決めた婚約者同士で、この二人の間にはいろいろと騒動があったのだが、それはまた別の機会に語るかな。
「それじゃ始めます!」
怜莉の号令がホールに響き、通し稽古が始まった。
照明を落とした闇の中、罵声と鋼が打ち合う音が聞こえる。それから何か重いものが水の中に落ちる音がすると、途端に静寂。最後にささやくような声が聞こえると同時に幕が降りてゆく。
そこで音楽が流れる。プロローグが終わり、本編に入る合図だ。
さっきまでのは先に録音していたものを流しただけ。これからが本番だ。
すぐに出番がある者は舞台裏にいることになっていて、それは俺もだった。
「・・・・・・」
練習とはいえ、流石に緊張するな・・・。
「由宇くん、緊張してる?」
そんな俺に優莉が小声で話しかけてきた。つか優莉はすぐには出番なかったような。
「結構な・・・。お前は全然平気みたいだな」
「全然ってわけじゃないよ。私だっていまだに舞台に立つときは緊張するもん」
「優莉でも緊張することってあるのか」
「当たり前でしょっ」
人をなんだと思ってるのよぉと言って頬を膨らます優莉。そんなわざとらしい仕草になんだか唇の両端が持ち上がるのがわかって、いつのまにかさっきまで張り詰めていた心が緩んでいた。
「さんきゅ、優莉」
「・・・・うん」
優莉は短く「頑張って」と言うと、楽屋のほうへ向かっていった。
(気を・・・遣ってくれたんだろうな)
「始めるぞ」
琴宮さんが皆に伝わる声で言う。
(さて、やるか)
俺は軽く両頬を叩くと、舞台へと歩き出していった。
今回の劇の舞台は中世ヨーロッパ。まだ剣と剣が火花を散らしていたころの話だ。物語は一人の記憶喪失の男が現れることから始まる。その男は町の酒場で住み込みで働くこととなるが、その後何故か城に呼び出され、兵士にされてしまう。その仕事はこの国の双子の王女の護衛だった。
これが今回の劇のあらすじだ。題名が「追憶の物語」。
いつもならオリジナルの劇の台本は琴宮さんが書いているらしいが、今回は優莉と怜莉も執筆に加わったらしい。
俺がその記憶喪失の男役。
優莉と怜莉が双子の王女。
大和、清正、剣瑛が兵士。
神楽さんが町娘で、クリスと琴宮さんが侍女というキャストになってる。
1週間後にここで、ここいら一帯の演劇部が集まって演劇会をやるそうで、この劇はそのためのものらしい。別に評価されるわけではないから1・2年を中心にして、経験をつませるのに丁度いいと朝陽先輩が言っていた。
最初は演劇にそれほど興味は無かったし主役をやる気も毛頭なかったけど、今はなんだか楽しみ始めている自分がいる。確かに練習はきついし、まだまだ上手くやることはできないけど、みんなで一つのことで頑張るというのは、思ったよりも良いものと思えるようになった。
成長したんだ、と、そう思いたい。
ただ惰性で生きてきた昔の俺からすれば格段の進歩じゃないか?
毎日が充実してる。
皮肉なものだった。俺が家族をなくさなければ、今の環境には・・・・ならなかったのだから。
じゃあ吸血鬼に成った意味は?
もしかしたら俺は人間を捨てる必要は無かったんじゃないか?
俺は選択を間違えたんじゃないのか?
たまにそんなことを考える。
答えの出ない問い。
いや・・・違うな。
答えを出したくない問い。
どうして俺は人間をやめたんだろう?
本当は、自分でも分からなかった。
あの時、俺は自分から吸血鬼に成ることを決めた。
けれど、何故だ?と聞かれても、多分、俺は答えられない。
自分自身でも手の届かない、心の深海に漂っている曖昧模糊とした形の無いなにか。
たまに、その欠片が浮かび上がってくる。
絶望感。無力感。虚無感。そして・・・・罪悪感。
そのたびに俺の心は苛まれる。
こっちに来てから、その頻度が多くなっている気がする。
まるで、俺に幸せを抱く権利はないとでも言うように。
「はい、そこまで!」
琴宮さんの声がステージ上に響き渡る。劇の前半が終わったのだ。
途端にへたり込む俺。身振りを加えての演技は想像以上に体力を使うものだった。
「お疲れ、水戸」
琴宮さんがそう言いながらスポーツ飲料を渡してくれる。
「さんきゅ」
俺はそれを受け取って一気に喉に流し込む。
「・・・・・はぁ〜」
一息ついた俺を見ながら、琴宮さんが若干驚きの表情を浮かべる。
「とてもよくできていた。本当に水戸は演劇初心者なのか?」
「そうだよ・・・・まぁ、あの二人にしごかれているおかげかな」
「・・・実を言うと、最初怜莉と優莉から君を主役にすると聞いた時、あたしは反対したんだ。どうして素人を主役にするんだって」
そう言いながらすまなそうにする琴宮さん。
「悪かった、まさかこんなにいい演技を見せてくれるとは思わなかった」
「気にしないでいいって。普通の反応だよ、それは」
俺は立ち上がる。
「まぁ、どうやら足手まといじゃなさそうで安心したかな」
「足手まといなんてとんでもない」と言って琴宮さんは他の皆を見渡す。
「1年の神楽も小鳥遊も悪くないし、怜莉と優莉もいつもより張り切ってる」
琴宮さんの声が弾む。
「今回の劇はきっといいものになる、コンクールに出せないのが勿体ないくらいだ」
「・・・そうだな」
自信に満ち溢れたその瞳から、琴宮さんの演劇への情熱が伝わってくるような気がして、俺も大きく首肯した。
「水戸君」
と呼びかけられる声があると思うと、そばに清正が笑顔で立っていた。
「凄いよかったよ、さすが優莉さんと怜莉さんが選んだだけのことはあるや」
「言っとくが褒めても何も出ないからな?」
「あははっ、そんなつもりはないよ。本当に凄いと思ったんだって。ねぇ、美琴さん?」
「え、ええ・・・」
清正がそう言葉をかけると、琴宮さんは若干顔を紅くして小さくうなずいた。
ん?何だこの反応。
「僕なんか最初の頃は何度もミスして、そのたびに美琴さんに怒られてたのにさ〜」
「わ、私は別に怒ったわけじゃ・・・!」
「ま、そのおかげで僕も上達したんだけどね。だから美琴さんには感謝してるよ、ありがと」
「―――!」
清正の言葉にころころと表情を変える琴宮さん。クールな人だと思っていた俺は、そのあまりのギャップに唖然とするしかない。
「何度見ても飽きないわね、美琴のあれには」
「怜莉」
いつの間にか怜莉がドレス姿のまま俺の横に立っていた。そして二人に聞こえない程度の声で話す。
「まったく・・・鷹栖川君も良く気づかないものね」
「・・・・琴宮さんは清正のことを?」
あの光景を見て考えられるのは一つしかない。
「美琴には内緒よ。あの子、周りには気づかれてないと思ってるんだから」
「へぇ・・・」
いつの間にか楽しそうに談笑している二人は、とてもお似合いに見えた。俺たち二人はそれを邪魔しないようにそっとその場を離れた。
「しかし、驚いたな・・・」
「そうね、気持ちは分かるわ」
俺たちは着替えをするために楽屋に来ていた。そこには優莉とクリス、神楽さんが既に着替えを済ませ、休憩していた。
「なに、何のお話〜?」
「美琴と鷹栖川君のこと」
興味津々に聞いてきた優莉に怜莉が短く言う。すると優莉は即座に納得したように、
「あ〜、そのこと」
「一目瞭然ですものね、美琴様は」
「・・・・そうね」
「・・・神楽さんとクリスも知っていたのか」
優莉はともかく、1年のこの二人が知っているとは思わなかった。
「たぶん、今頃気付いたのはあなたぐらいよ」
「由宇くん、にぶち〜ん」
「・・・・鈍感バカ(ボソッ)」
「おいそこ聞こえてるからな!」
「被害妄想はやめてくれる?」
「このやろう・・・・」
俺はクリスを睨むつけるが、クリスはどこ吹く風でスポーツ飲料を飲んでいた。む、むかつく・・・!
「水戸様、クリスと仲良いんですね」
神楽さんがなぜか嬉しそうに手を合わせる。
「・・・・そう見える?」
「ええ!」
即答・・・・・。
「・・・そうだね、由宇くんずいぶんクリスちゃんと仲良さげだね」
「一体何があったのかしら?」
お前らなんでそう言いながら俺をそんな怖い目で睨むのですか!?つかお前らも今ので仲良いとか思うのかよ!
「金持ちの常識、庶民の非常識・・・・?」
「月姫、先輩、こいつと仲良いなんて、うなぎと梅干を同時に食べるくらいありえませんから」
「それ、最悪の食い合わせだな!」
「馬鹿言ってないでさっさと着替えてきなさい」
「・・・・・」
俺はトボトボと楽屋内にある着替え用のブースに入る。
いつだって、無実の俺が、悪者さ・・・・。あまりの悔しさに一句詠んでしまった。
俺が着替えを済ませブースから出てくると同時に、
「み、みなさぁーん!!」
朝霧さんが凄い勢いで楽屋に入ってきて、そのまま見事に顔から転んだ。ビターンといい音がした。
「・・・・・」
沈黙の帳が下りる。
「大丈夫?詠美ちゃん」
俺とクリスと神楽さんが呆気にとられている中、優莉が冷静に朝霧さんを介抱していた。
「詠美ちゃんは走っちゃ駄目だよ。絶対転んじゃうんだから」
「ご、ごめんなさぁい・・・」
やべ、ちょっと可愛い。
「それでどうかしたの?」
涙目になっていた朝霧さんは、優莉の言葉にハッとすると早口でまくしたてた。
「く、久遠さんが来てます!」
「お久しぶり、怜莉さん、優莉さん」
俺たちが楽屋からホールへと向かうと、そこには人だかりができていて、その中心には車椅子と、少女がいた。
「ずっとサボっていてごめんなさい」
ストレートの綺麗な黒髪はとても長く、肌は白く少し痩せ気味な少女は、どこか儚げな印象を俺に抱かせた。
「ええ、久しぶりね、久遠」
「身体のほうはだいじょぶなの?久遠ちゃん」
「はい、これからしばらくは学校に来れそうです」
「良かった・・・」
「何かあったら絶対、私たちに言ってね?」
とそこで彼女は怜莉と優莉の後ろに立っていた俺に気付いたようで、
「あの、その方が、もしかして・・・?」
「うん、これがあの由宇くんだよ〜」
あのってなんだ、あのって。
「初めまして、櫻小路 久遠です」
櫻小路さんがそう言いながら深くお辞儀をするものだから、ちょっと戸惑いながらも俺も自己紹介を返す。
「・・・初めまして・・水戸 由宇人、です」
「本当に演劇部に入ってくれたんですね」
と言いながら何故か感慨深げに手を合わす櫻小路さん。俺が演劇部に入ってることがそんなに驚きなんだろうかと思っていたら、
「ほらね〜、私たちは嘘つかないんだから〜」
「由宇人は私達の言う事なら何でも聞くのよ」
こいつらが俺が来る前に何を吹聴していたのか、しっかり聞きだす必要がありそうだな!
「しかも主役なんだよ〜」
優莉が何故か誇らしげに言うと、櫻小路さんはその大きな瞳を丸くして驚いた。
「すごい、初めてで主役なんですか!」
「本人の意思とは無関係でね・・・」
「むーっ、まだそんなこと言うかなぁ」
「まだ気にしてるの?」
「・・・まぁ、今は楽しんでやってるけどさ」
「ならいいじゃない」
軽いな、おい。
「私は今回の劇には参加できなかったけれど、応援してます、頑張ってください」
優しそうな笑顔を浮かべる櫻小路さん。
「あ、ありがとう」
なんていい娘なんだ・・・すげー癒される。涙が出てきそうだ。
思えば俺の周りにいる女はどれも性格が捻じ曲がってたり、人をおもちゃとしか見てなかったり、すぐに暴力を振るったり、そんなんばっかだったからな・・・。
あれ、俺ってもしかして不幸?
「今日はもう終わりなんですか?」
「うん。今日劇の前半やって、明日後半の練習」
「・・・私も何か手伝えればいいんですけれど・・」
「いいから、あなたは自分の体のことを第一に考えて、久遠」
「・・・はい、すいません」
「謝るのはなしっ、でしょ、久遠ちゃん」
「・・・はいっ」
「久遠―っ!」
とそこでホールの入り口から櫻小路さんを呼ぶ声が飛んできた。見ると入り口の扉のところにスーツを着た20台半ばくらいの女性が立っていた。
「そろそろ時間―っ!」
「あ、伊佐美さんが来ちゃいました・・・それじゃあ、私も帰りますね」
「うん、ばいばい久遠ちゃん」
「また明日学校でね」
「はい、明日、学校で会いましょう」
とそこで櫻小路さんは俺に向き直る。
「今日は会えてよかったです。ご迷惑をかけるかもしれませんが、これからよろしくお願いします」
「え、あ、こちらこそ・・・」
櫻小路さんはにっこり微笑むと、
「さようなら、由宇人さん」
電動の車椅子を動かして去っていった。