第一章『邂逅』
『はじまりの日』」
新しい生活が始まって、まずしたことは勉強だった。
今通っている高校をやめて、新しい高校に通うことに(強制的に)なったのでそのために編入試験を受けなければならないのだ。その高校が日本でも屈指の名門校である夕凪学園で偏差値も尋常じゃなく高いのだ(ちなみに授業料も尋常じゃなく高い)。
そのため春休みを返上して勉強をしていたのだが、もともと俺は怠惰をこよなく愛する人間なのでそれがもう尋常じゃなく辛かった。勉強は真さんが教えてくれていたのだが、あの軽薄そうな見かけにもよらず(かなり心外だと真さんに1時間説教された)教え方がうまいので、まぁ何とか編入試験に合格することができた(星織の後ろ盾があったからという理由もあったと思うけど)。
春休みも終わり、晴れて転校初日となった俺だが、この年になって転校というのはなかなか嫌なものであり、その日も俺は陰鬱として新しい学校に向かっていた。
「うふふ、今日は由宇くんの初!登校日だね〜」
「優莉、何でお前がそんなにうれしそうなんだ?」
「だって初!登校日だよ。ほんとはお祝いしたいぐらいなんだから」
そんなことを笑顔で話すのは腰に届こうかという長い金髪を三つにくくった少女である。名を星織優莉といって正造さんの娘である。いつでも笑顔でいるやつで、時々常人には分からない理屈で動く。今だって俺の疑問の答えていない気がするのは俺だけだろうか。あと初に!をつける理由も分からない、そんなに強調したいのか。俺がいろんな疑問にさいなまれていると不意に後方から声が響いた。
「いい、由宇人。転校において一番大事なのは第一印象だわ。気は抜かないように」
「分かってるよ、怜莉。それに俺、別に初めてってわけじゃないからな」
そう言いながら俺は後ろを振り向く。そこにいたのは優莉とそっくりな少女だった。けれどすぐに別人だと分かる。彼女が長い金髪を二つにくくっているからというわけではなく、優莉とは違いどこか冷めた感じがするからだ。彼女は星織怜莉といい、もちろん正造さんの娘だ。
優莉と似ているのは当然、二人は双子なのである。それも一卵双生児ってやつで容姿はもちろん体型も身長も二人は同じくらいだった。
星織家に来た俺に、二人とも分け隔てなく接してくれて、とりあえず良好な関係が築けたと思う。そんな二人を連れて俺は学校へと向かう。
「相変わらずでかい・・・」
編入試験のときに一度来たことがあるけど、それでも再び唖然とする俺。さすが金持ちが行く学校といったところか。いったい東京ドーム何個分あることやら、まぁ確実に10個単位だな。中に山まである、川も流れていれば湖まである。意味が分からない。
だがこの一ヶ月で俺も金持ちの非常識さには慣れたので、あまり深く考えないようにした。俺たち三人は校門(パリの凱旋門を連想した)を抜けそのまままっすぐ玄関ホール(まさにホールだった)へと歩いていった。
「じゃあ私たちはこっちだから」
「職員室はこの階段を上がった先にあるわ」
「ああ、分かった」
「一緒のクラスだといいね」
「どうだろうな・・・確率で言ったら八分の一だからな」
「そろそろ時間よ。もう行ったほうがいいわ」
「はいはい。じゃあまた後でな」
「うん、がんばってね!」
「終わったら私の携帯に連絡しなさい」
玄関ホールで俺たちは別れ俺は職員室へ、優莉と怜莉はそれぞれ自分の教室へと向かっていく。
俺は職員室の扉をノックして中に入った。
「失礼します・・」
「職員室の中は慌ただしく、幾人もの教師らしき人がせわしなく動いている。俺は近くのデスクでパソコンのキーボードを叩いている男性に声をかけた。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
「・・ん・・ああ、何だね?」
「今日からこの学校に転校してきたんですけど、これからどうすればいいのか聞きたくて」
「・・・ああ、話は聞いているよ。じゃあ君が水戸君だね。えっとね・・」
そう言って男性は職員室の中を見回す。そして何かを見つけたらしく声を上げた。
「あっ、いたいた。あの窓際の席に座ってる女性がいるでしょ。彼女が君の担任だよ。詳しいことは彼女に聞くといい」
「あの人ですね・・。分かりました、どうもありがとうございます」
俺は男性にお礼を言って、言われたところに向かう。俺が近づくと椅子に座りながら何かの書類に目を通していた女性が顔を上げた。長いストレートの髪を無造作にたらした、きれいな顔立ちの女性だった。
しかし顔立ちはきれいなのだが、化粧をぜんぜんしていないことに加えて顔に生気がまったく感じられないので、その魅力を半減させていた。瞳も半ば閉じかけている。年は20代後半といったところか、高校では珍しい若い教師だった。
その女性はすごく眠そうな目で俺を見上げて、とても億劫そうに口を開いた。
「ああ〜〜、君は・・・・・名前何だっけ」
「・・・・・水戸由宇人です」
「ああ・・・そうだった。水戸由宇人水戸由宇人・・・。うん、憶えた」
こっちとして事前に憶えていてほしかった。というか覇気のない人だな。脳は起きてるのだろうか。
「私が君の担任の海藤絵里奈だ。今後ともよろしく・・・ふぁ〜〜あ」
「・・・・よろしくお願いします」
今あくびしたな、この人。こんな人が担任で大丈夫なのか・・?ちょっと、いやかなり不安だ。
「とりあえず今日のことだけどね・・、これから教室に行って君を紹介して・・・あとは・・まぁ適当にクラスになじむ努力でもしなさいな」
・・・・この人本当に教師か?アバウトなのもほどがあるだろう。どうなってるんだ?この学校は。こんなことでこれからの日本の将来はどうなることやら。と俺が20年後の日本の教育の在り方について考えていると、チャイムが鳴った。
どこの学校もチャイムの音は大差ないんだな。
「・・・よし、じゃあ行くか・・・・うぅ〜・・・面倒くさい〜〜」
そういうのは俺に聞こえないように言ってください。
海藤先生(先生という呼称をつけるのに若干の抵抗があった)は椅子から立ち上がり職員室の扉へと歩いていく。俺はその後を追いながら、気づかれないように小さくため息を吐いた。
そうして連れてこられたのは2年C組と書かれている教室だった。
「私が先に中に入るから、合図をしたら入ってきてくれ」
「分かりました」
俺がそう言うと海藤先生は中に入っていく。すると中からざわめきが聞こえてきた。
「うわぁ・・・海藤先生かよ・・」
「私、何か悪いことしたかしら・・・?」
「今から他のクラスにいけないかな・・」
すごい言われようだな・・。教室から漏れてくる声を聞くたびに俺の中の不安が増大してきた。今から逃げようかな・・、無理だよな。今逃げたって根本的な解決にならないし。と俺の中の不安があきらめに変化したとき
ドゴッ!!
すさまじい音が教室の中から聞こえてきた。
「君たちさ・・・・・少し黙れ」
そんなドスの効いた声が聞こえると教室内は打って変わって静かになった。その鎮静効果はモルヒネもかくやというほどである。というか素でビビりました。
「じゃあ、これから転校生を紹介するよ。入ってきて」
ビビッていた俺はその声にあわてて教室の扉を開いた。俺が教室内に入ると海藤先生の威厳(言葉を選びました)によって一回は静まった教室内がにわかに騒ぎ始めた。どうやら俺のことはみんなある程度は知っているらしい。
「あ〜、彼が転校生の水戸由宇人君だ。みんなも知ってのとおり彼は星織の人間だが、ちょっとワケありで違う苗字を名乗っている。その辺の事情が知りたかったら・・・・まぁ本人に聞け」
ほんとにこの人は・・・、もうちょっと歯に衣着せた言い方をしてもらいたいものだ。まぁへんに気を使われるよりはましか。
「水戸由宇人です。これからよろしくお願いします」
「じゃあ水戸の席だが、とりあえずあの後ろの空いている席に座ってくれ」
海藤先生の言ったとおり窓際の最後尾の席が空いていた。隣のほうにひとつも机がないことを見ると、俺のために用意されたのだろう。俺がその席に向かって歩いていると、俺に視線が集まるのがわかった。ジロジロと奇異の視線を向けられるのは不快だったが、まぁ仕方ないだろうと自分を納得させて席につく。
「ごめんね」
席についた俺はいきなりそんな言葉をかけられた。声をかけてきたのは俺の前の席に座る少女だった。
「みんな、あなたに好奇心を持ってるだけ。決して悪意を持ってるわけじゃないの。だから気にしないで」
「別に気にしてなんかいないけど・・・」
「そう?よかった」
と言ってにっこりと笑う少女の笑顔はとても魅力的だった。
「私は神之園春音って言うの。これからもよろしくね」
そう言って差し出された手を見ながら俺は、まぁ何とかやっていけるかなとか思っていた。
ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る。ホームルームが終われば後は始業式があって今日はそれで終了だ。ここの校長はなかなか生徒の気持ちが分かっている人らしく、堅苦しい長いだけの口上をせずにさっさと終わらせてくれた。それだけでこちらとしてはありがたい。
で、そんなこんなで始業式もつつがなく終わり(付け加えるけど体育館は中で野球が出来るぐらいだったと言えばどれだけの大きさかは分かってくれるだろう。あまりでかすぎても使いにくいと思うんだがな)帰りのショートホームルームもたいした連絡事項もなく(海道先生が伝え忘れている可能性もあったが、ていうかその可能性は大きい)終わりになった。
「じゃあまた明日ね」
「ああ、また明日」
神之園さんが笑顔で手を振りながら去っていくのを見ながら、俺は言われたとおりに怜莉の携帯に電話をかけた。
「もしもし、怜莉?今終わったよ」
『私も今終わったわ。何組になったの?』
「C組」
『そう。玄関ホールで待っているから早く来なさい』
「はいはい」
電話を切ってさぁ玄関ホールに向かおうかと教室から廊下に出ようとしたらいきなり肩を叩かれた。
「ちょっと待ってくれよ」
俺が振り向くとそこにいたのは短い茶髪をつんつんに立たせた長身の男子生徒だった。
「お前・・・水戸だっけ」
「そうだけど・・・・何の用?」
「俺は相楽有彦。よろしくな。有彦と呼んでくれ」
「ああ・・・俺は水戸由宇人。こちらこそよろしく」
あまり人見知りしないタイプみたいだ。かなり人なつっこい笑顔を絶えず浮かべている。
「お前、転校したばっかだろ?だから早いうちにこの高校のルールを教えてやろうと思ってな」
ルール?彼が言っているのは多分生徒手帳に記載されているようなそういうものではないだろう。何か特別なルールがあるのか。
「いや、遠慮するよ。人と待ち合わせしてるんだ」
「待ち合わせ?もしかして怜莉ちゃんと優莉ちゃんか?」
「まぁ、そうだけど・・・。知ってんの?」
「もちろんだとも!うちの学校の生徒で怜莉ちゃんと優莉ちゃんを知らないのははっきりと言ってもぐりだ!」
そんなに有名人なのか、あの二人。まぁ、性格はともかくとして顔はいいからな。何も知らない人間からしてみれば人気が出るのも分かる気がする。
「こういうのは早いほうがいいって。怜莉ちゃんと優莉ちゃんとも関係のない話じゃないしさ」
そこまで言われるとこちらとしても別に絶対無理というわけじゃないし。せっかく話しかけてきてくれたのだから、ここは話に乗ってつながりを作っておくのが賢明だろう。
「分かったよ。でどんなルールがあるわけ?」
「ここじゃちょっとな・・・」
いきなり声を潜める有彦。心なしか真剣な表情に見える。
「とりあえずついてきてくれ」
そう言って歩き出す有彦の後をついていきながら俺は再度怜莉の携帯に電話をかけた。
「怜莉か?ちょっと悪いんだが」
『何をやっているの?』
俺の声をさえぎって氷点下の声が聞こえてきた。
『早く玄関ホールに来なさいって言ったわよね?』
なんかすごく怒っているらしい、いつもより声が冷たい。マイナス100度くらいはいっているかもしれない。
有彦は放っておいてさっさと玄関ホールに行こうかなと思ったぐらいだ。
「いや、あの・・・悪いんだが用事が出来たんだ。だから今日は二人で先に帰ってくれ」
『用事って何?』
「クラスメイトにこの高校のことを教えてもらうんだよ」
『そう・・・・。なら仕方ないわね』
「じゃあ、そういうことで」
『なるべく早く帰ってきなさいね』
「分かったよ、じゃあな」
そして電話を切って前を見ると、いつの間にか有彦が俺の目の前に立ち俺を凝視していた。
「・・・・何だよ?」
俺がそう言うとやつはあからさまにため息などを吐いた。
「まったく・・・・この幸せ者め」
「幸せ者?・・・・誰が?」
「お前だ!お!ま!え!我が愛しの怜莉ちゃんとそんなラブラブトークを繰り広げやがって!なぁにが早く帰ってきなさいね、だ!同じ家に住んでるからって・・・・うらやましい奴め!」
今のがラブラブトーク(何だ?この言葉は)なら日常会話の全てがそれに当てはまるだろう。こいつ耳が悪いのかと思ったが、というか今の会話が聞こえていたのなら耳はいいのか。じゃあ悪いのは頭か。
「お前、大丈夫か」
「待てよ・・・。同じ家ってことは怜莉ちゃんの着替えを覗くも入浴を覗くも自由自在!しかも優莉ちゃんまで一緒ってことは・・・・まさにハーレム!」
俺の言葉はやつの耳には届いていないようだ。それよりこんなにあからさまなやつがこの世に存在してるとはなぁ・・・。世界は不思議でいっぱいだ。
「それで、どこまで行くんだ」
「ううむ・・・、二人とも甲乙つけがたいな・・。まさに究極の選択だ・・」
いい加減イラついてきたので俺はやつの耳元で怒鳴った。
「俺の話を聞け!」
「うわぁぁぁ!な、何だよ・・、びっくりするじゃないか。俺の鼓膜が破れたらどうするつもりだ?国家規模の損害だぞ」
「知るか、耳鼻科に行けよ。それよりどこまで行くんだ。というかここはどこだ」
「お前って何気にひどいやつだな・・。まぁいいや。ここは部室棟だ。各部活の部室があるとこだよ」
「それで?こんなところに俺を連れてきてどうするんだ?」
「ふっふっふっふ・・。まぁ、こちらに入りたまえ」
そう言って有彦が指差したのは「L・B・G」と書かれた扉だった。
「何だ、これ・・。L・B・G?」
「入れば分かる、入れば分かる」
そう言って有彦が俺を押してくるので仕方がなく中に入った。部屋の中は広く数人の男子生徒が机の上のパソコンに向かって何か作業していた。
「みんなぁ!やってるかぁ!」
中に入るといきなり有彦が大声を上げた。
「おお、有彦遅いぞ。もうみんな作業に入ってる」
一番近くの机でパソコンを叩いていた男子生徒が顔を上げる。
「今年はすごいぞ。もしかしたら去年を越えるかもしれん。・・・ん?そいつは誰だ?新入生じゃないようだが・・・」
「こいつはうちのクラスに転校してきたやつだ。我がL・B・G会の見学に来たんだ」
「ふうん。そんなことより今年の新入生はすごいぞ。神楽家と小鳥遊家の令嬢を筆頭に粒ぞろいだ」
「そうか、これはまた忙しくなるな」
「頼むぜ、会長」
いい加減じれてきた俺は二人の会話に割り込んだ。
「おい。用がないなら俺は帰るぞ」
「ああ、悪い。今から説明するよ」
そう言って有彦はこほんと咳払いをした。
「我がL・B・G会とは・・・・・・・・・・・」
妙にもったいぶる有彦。その横ではさっきまで有彦と話していた男子生徒がニヤニヤと笑っている。なんか不気味だ。
有彦は散々もったいぶった後、
「美しい女の子を愛す会だ!」
大声でこう叫んだ。
それを聞いたときの俺は間違いなく時間が止まっていた。
「LOVE BEAUTIFUL GIRL略してL・B・G!」
俺は瞬時に(まさに電光石火だった)反転し部屋を出ようとした。そしてこれから有彦にはあまり近づかないようにしようと決めた(ちなみにこれまでの時間およそ0,3秒)。
くそっ、見事に時間を無駄にした。
「おいおい!ちょっと待ってくれよ!」
そう言いながらすかさず有彦が俺の腕をつかんできたので非常に残念ながらこの魔空間から脱出することは出来なかった。
「ちゃんと話を聞いてくれよ」
「やだ」
「即答?!お前は何か勘違いしてるぞ!」
「何が勘違いだって?」
美しい女の子を愛す会なんて聞かされて勘違いも何もない。つまり一般人が足を踏み入れてはいけない世界ということだ。そんなものが学校内に存在してることがまず不可解だ。
「いいか!L・B・Gってのは要するにファンクラブみたいなもんなんだ」
「ファンクラブ?」
どういうことだ?ますます意味が分からない。俺が想像したのとは違うのか?こいつらは現実と虚像の区別がつかないかわいそうなやつらじゃないのか?
「・・・いいか?この学園には平均的に見ても可愛い娘が多いんだよな。だから男子は女子とお近づきになりたい。でも異性と仲良くなるってのはこういう学園に通ういい家の坊ちゃんにとっては難しいんだ。そこでそういうやつらが集まって女子と仲良くするために協力するようになったんだ。それがこのL・B・Gっていうわけだ」
そんなことを解説されてもあまり印象に大差はなかった。
「そうか、そいつはすごいな。じゃあ俺は帰らせてもらうぞ」
「だから待てって!本題がまだ終わってない」
さっきの説明が本題じゃなかったのか。というか早く帰らせてほしいのだが。いい加減腹も減ってきた。
「手短に五文字以内で話せ」
「入らない?」
「帰る」
「またもや即答?!実質この会には男子生徒の約60%が所属しているんだぞ!そして入れば愛しのあの娘と親密になれるチャンスが手に入るんだぞ!今までの統計を見てもL・B・Gに入って彼女が出来る可能性は実に50%強!こうしてみると出会い系のようにも聞こえるが、我がL・B・Gは良心的で会費は月にたった5000円だ。こんな学校に来るようなやつならはした金だろう?さらにサービスも充実!連休には男女混合で旅行に行ったり、一週間に一度は必ず合コンを設定。まぁ、それに参加するには別途料金を徴収するが。まさにぼろ儲け!これで金に困ることはない!はっはっはっはっはっはっは・・・。・・・まぁそんなことはいいとして、一度きりの高校生活をこのL・B・Gで楽しんでみないか!それにお前が入ってくれれば、あの難攻不落の怜莉ちゃんと優莉ちゃんと接点が持てるしな・・・・」
「おい、有彦。とっくにいないぞ」
有彦がなにやら演説ぶっている間に俺はさっさと部屋から抜け出していた。
「あー、えらい目にあった」
俺が自分の部屋に帰れたのは結局学校が終わった2時間後だった。くそっ、あの色ボケのせいで余計な時間をくった。なんて無駄な時間だったんだ。思い出すとなんかむかついてくる。(精神的に)疲れ果てた俺はそのままベッドに倒れこむ。
「きゃん」
「・・ん?」
なんか近くから声が聞こえてきた。正確に言うならば、俺が倒れこんだちょうど下辺り・・・?そういやなんか膨らんでるな・・・・。
「・・・何やってんだ、お前」
俺が布団をめくると、そこにいたのは予想通りというか優莉だった。買ってきてから私服に着替えたらしく、服は変わっている。俺のベッドに横たわっていた優莉は寝ぼけ眼で俺を見上げてくる。どうやら熟睡していたところを俺のフライングボディープレス(威力弱)によってたたき起こされたようだ。
「・・あ・・・お早う・・由宇くん、お帰り」
「ふぅ・・・いつからそこにいたんだ?優莉」
というか何故俺のベッドで眠っているんだ。
「ふぁわぁぁ・・・。帰ってからずっと。だって、由宇くん帰ってくるのが遅いんだもん」
優莉はそこでようやく目が完全に覚めたらしく、眉を吊り上げ俺をにらんでくる(だがまったく迫力は無いが)。
「それより由宇くん!どういうこと?!」
その急激な感情の変化に戸惑う俺。何だ、こいつ?何を怒っているんだ?さっぱり分からない俺は呆けた声を上げることしかできなかった。
「はぁ・・・?」
「何で私たちと同じクラスじゃないの!」
・・・・何かと思えばそんなことか、と思ったのでそのまま口に出すことにした。
「何だ、そんなことか」
「そんなことじゃないよ!一緒のクラスになろうねって言ったのに」
それが叶えられなかったのは俺のせいなのか?とても理不尽に怒られている気がする。
「星織家の力ならそれぐらい簡単なんだよ!でも由宇くんがやだって言ったんじゃない」
あ〜、そういえばそんなことを言ったような気がする。というかそのことでさんざん優莉に言われたので記憶に鮮明に残っている。そうこんな感じだった。
「ねぇ、由宇人君」
「何ですか、真さん」
「クラスは怜莉ちゃん優莉ちゃんと同じでいいかい?それとも思い切って別のクラスにする?」
「え、クラスって自分で選べるんですか?」
「星織家は夕凪学園の創設者だからね。それぐらいの融通は簡単にきくのさ」
「・・・・・なんて出鱈目なんだ。いや、普通でいいですよ。そんなクラス編成ぐらいでいちいち星織家の権力を使わなくても。学校側に任せますよ」
「君がそう言うのならそうするけどね。でも知り合いが同じクラスにいたほうが何かと便利だと思うけど」
「いや実際あまり変わりませんよ。むしろ誰も知り合いがいないほうが気が楽です」
「そういえば君は、転校がこれで初めてじゃないんだっけ」
「ええ、小学校のころに一度だけ」
「なるほど、経験者ってワケか。それじゃ、クラスは学校側に任せるとして」
「ええ〜!!何で〜!!」
「・・・優莉ちゃん、いつからそこに?」
「優莉、いきなり大きな声を上げないでくれ。ご近所に迷惑だ。あとカーテンの裏側に隠れるのはやめろ」
「近所なんか1キロ以上離れてるじゃない!ってそうじゃなくて!何で由宇くん私たちと同じクラスにしないのよう!」
「だからそれは」
「真さん!由宇くんは私たちと同じクラスにして!」
「でも由宇人君が嫌だと」
「私たちの何が不満なの!由宇くん正直に言いなさい」
「いや、別に不満とかじゃなくて・・・・・」
この後3時間にわたって優莉は止まらなかった。さすがに俺も意地になって延々と言い争いが続いたのだ。さすがに疲れたのだろう、優莉が部屋に帰ってしまったのでこの件はうやむやになった。まぁこの一件で俺が頑固だと気づいたのだろう、それからはその話は出なかった。だって普通はそんなクラス編成のためなんかに家の力なんか使わないだろ。
「はぁ、またその話か。別にいいじゃないか。どうせ帰ってくるところは同じなんだから」
俺がそう言うと優莉は突然黙ってしまった。心なしか顔が赤くなっている。
「おい?」
優莉は真っ赤になった顔をこちらに向けて、
「・・・・なんかさ・・・そういう台詞って夫婦みたいだよね・・・?」
ぼそりと優莉が言う。俺は優莉の頭をぺしりと叩く。
「バカ言ってないで自分の部屋に帰れ」
「え〜〜、もっとお話しようよ〜」
「俺はこれから神聖な昼寝タイムなんだ。たとえ総理大臣でも俺をとめることはできない」
不満そうな優莉を部屋の外に追い出して俺はようやくベッドに横たわる。疲れている俺はすぐにまどろみの中に誘われていった。
俺が目を覚ましたのはもう日が沈み空が真っ黒に染まっていたころだった。俺はベッドから体を起こして欠伸をする。こういうのはいくら寝ても寝たりないと思うものだ。まだ眠気が残るが頭を振って無理やり覚醒させる。するとベッドの脇に誰かが座っていることに気づいた。
「お目覚めですか?」
そう問うたのは上はブラウス、下は黒のスラックスを着た水無月だった。
「あ・・・水無月。何でここに?」
寝ている姿を見られた恥ずかしさを隠すように質問する俺。
「いえ、御夕食の用意が出来ましたのでお呼びに参ったのですが、気持ちよさそうに眠っていられたので起こすのも悪いかと」
「あ・・あ、そうか。もうそんな時間か。すぐに行くから水無月は先に行ってて」
俺は制服のまま眠っていたのでいったん着替えなければならない。制服のシャツに手をかけたところで、俺は水無月がまだそこにいることに気づいた。
「・・・あの水無月、水無月がそこいられるとちょっと着替えづらいんだけど」
「ああ、申し訳ありません・・・・由宇人様」
「ん、何?」
「由宇人様の寝顔はとても可愛かったですよ」
一瞬で俺の顔が真っ赤に染まったのが自分でも分かった。俺が何か言う前に水無月は失礼しました、と一言だけ残して部屋から出て行った。
「由宇くん遅〜い!」
俺が食卓に姿を現すとほかのみんなは全員そろっていた。どこかの城を思わせるようなダイニングに置かれている大きなテーブルには右側に優莉と怜莉が、左側には真さんと水無月と星織家に住み込みで働いている弥生さんが座っている。そしてテーブルの一番奥には家長である正造さんが座っている。もちろん真っ先に糾弾の声を上げたのは優莉である。
「ああ、ごめん。ちょっと寝過ごしちゃってな」
そう言って俺は怜莉の隣へと腰を下ろす。
「まぁいいじゃないか。遅れたといってもまだほんの10分ぐらいだろう。さぁ、食べようか」
正造さんの号令で食事が始まる。
「うん、おいしい。さすが水無月ちゃん」
そう、星織家の炊事は全て水無月が取り仕切っているのだ。その腕前はまさに天下一品。水無月なら料理人としても立派にやっていけるだろうな。俺も幼いころから料理をしてきているが、とてもじゃないが水無月には到底及ばない。何とか腕を上げようと水無月に指南を受けていたりする。
「ありがとうございます」
ほめ言葉をもらったというのにその表情は一寸も動かない。俺はもう一ヶ月近くこの家で暮らしているが、いまだに水無月の笑った顔を見たことがない。顔立ちはとてもきれいなのにもったいない。
「学校がどうだった?由宇人君」
真さんが俺に聞いてくる。
「ああ、私もそれは知りたいな」
「私も知りたいです。由宇人様、学校はどうだったんです?」
正造さんと弥生さんも話に加わってくる。弥生さんは好奇心むき出しといった感じだ。
「別に、普通ですよ。ああ、いや少々普通とは違っているみたいだったな」
「そんな変なとこあったっけ?」
首をかしげる優莉。
「とりあえず俺の担任はすごいぞ。海藤先生、知ってるか?」
本当はもっと変なところがあったんだけどこの場でアレを言うほど俺もバカではない。というかアレを口にしたくない思いのほうが強かったりする。記憶から消去したい。
「ああ、あの人ね・・。由宇くん、可哀想に」
「海藤?もしかして絵里奈のこと?」
「海藤先生のこと知っているんですか?真さん」
「中学、高校、大学と一緒だった。まさに腐れ縁ってやつだよ。由宇人君、あいつはいつもはだらけているけどやるときはやる奴だよ」
「今日一日見た限りでは・・・それはとてもじゃないけど想像できませんね」
「あの先生すごく有名だよ。何であんなにやる気がないんだろうって」
「ほほう、それはまた個性的な先生だな」
「正造様・・・、話を聞く限りでは個性的という言葉は出てこないと思うのですが・・・」
俺たちが話している間も一言も発さずに黙々と料理を減らしている人物がいた。怜莉と水無月である。まぁ二人はいつものことである。水無月はもともと寡黙だし、怜莉は食事中にしゃべるのはマナーが悪いと思っているらしい。それゆえに食べ終わるのも早い二人は早々にダイニングから出て行ってしまうのだが、今日は違った。水無月は出て行ったが、怜莉はまだ行かない。
「由宇人」
怜莉が俺の耳に顔を寄せる。怜莉の吐息を間近に感じ心臓の鼓動が跳ね上がる。怜莉はこんな風に無防備に体を寄せてくることが多々あり、そのたびに俺は赤面するのをこらえなきゃいけない。もしかしてわざとやっているのだろうか。
「食べ終わったら私の部屋に来なさい」
そう俺に耳打ちして出て行った。何だろう、ここでは出来ない話でもあるのだろうか?怜莉が部屋を出たと同時に水無月が戻ってくる。
「正造様。エルリア様からお電話です」
「む、わかった」
正造さんが出て行く。星織財閥は海外にも手を伸ばしており、正造さんも外国語を6つも習得しているらしい。外国人と思われる人から電話がかかってくることもしばしばある。
「弥生、後はお願いします」
「うん」
水無月も出て行く。ダイニングにいるのはすでに食べ終わり食器を片付けていた弥生さん、飯を食うのが遅い優莉と俺だけだ。真さんもとっくに部屋に戻っている。俺もようやく食べ終わり、弥生さんの手伝いをする。
「由宇人様、片付けは私がしますから」
「何度も言ってるだろ?何もしないほうが嫌なんだよ」
まぁ、この辺が庶民の庶民たる所以なんだろ。俺が食器の片づけを終えて怜莉の部屋に向かうときにはもう優莉はいなかった。
「怜莉?俺だ、来たぞ」
ノックをして返事を待つ。
「・・・・いいわ、入って」
俺が部屋に入ると部屋の中は真っ暗だった。怜悧の部屋は東にある俺の部屋とは逆の西の角にあり、ロフト付の正方形の形をしていて、広さは100平方Mもあるらしい(広すぎ)。ロフトからは外のテラスに出ることができ、怜莉はよくそこで明かりを消してお茶を飲んでいる。なんでも月の光の中で飲むのがいいのだそうだ。今日もそこにいるのかと思いロフトへと向かう。
「由宇人、こっちよ」
ふと見ると怜莉はロフトにあるベッドに腰掛けていた。窓からさす月の光が淡く怜悧を照らし出している。
「で、何の用だ?」
「まずここに座って」
そう言ってベッドを指す。俺は言われたとおりにベッドに座る。ちょうど怜莉と隣り合ってベッドに座っている格好だ。怜莉の部屋に入ったのはこれが初めてではないが、ベッドに座ったのはこれで初めてだ。ちょっと緊張する・・・。
「それで怜莉、いったい何の・・・!」
いきなり怜莉が俺に抱きついてきた。腕を俺の首に回し、そして自分からベッドに倒れこむ。突然のことでバランスを崩す俺。まるで俺が怜莉をベッドに押し倒しているような体勢になる。
え?え?え?何がいったいどうなってるんだ?もしかして俺が今顔を埋めている柔らかいのは・・・・・?
「ご、ごめん!」
はじかれるように飛びのく俺。顔が真っ赤なのが自分でもよく分かる。怜莉はというとベッドに寝転んだまま潤んだ(暗くてよくわからないので想像)瞳で俺を見上げてくる。俺はどうにか乱れた呼吸を整える。
「いいいきなりなんだ!」
心のほうはまったく落ち着いていなかったが。
「ふふふふ」
静かに笑い出す怜莉。ちょっと怖い・・・。
「由宇人に押し倒されちゃった」
「そ、それはお前がやったんじゃないか!」
「これを見ても同じことが言えるかしら?ねぇ、優莉」
「ちゃんと撮れてるよ、怜莉ちゃん」
突然優莉が現れる。その手にはデジタルカメラが・・・・!
「そうか・・・そういうことか・・・!
それで全てを察した俺は力なくうなだれる。
「何が望みだ・・・」
「私たちが演劇部に所属していることは知っているわよね?」
「今年の春に三年生が卒業して今部員が少ないんだよね〜」
「分かった・・・入ればいいんだろ」
今まで何度も演劇部に入らないかと誘われてきたが、その都度断ってきたのだがまさかこんな方法でくるとは思わなかった。というかこれは世間一般で言う脅迫というやつではないだろうか?怜莉の部屋に呼ばれてちょっとドキドキした自分がバカみたいだ・・・。
「だって由宇くん何度誘ってもOKしてくれないんだもん」
「だからってこんなことするなよ・・・!」
「・・・ごめんなさい」
いきなり謝る怜莉。
「でもあなたとどうしても一緒に演劇がしたかったの。こんなやり方をしたのは謝るわ。ほんとうにごめんなさい」
怜莉は心から申し訳なさそうな表情をする。
「いや、別にそこまで演劇部に入るのが嫌ってワケじゃなくて!まぁ、その・・少しは興味があるし・・・」
「本当?ありがとう!」
満面の笑顔を見せる怜莉。普段あまり笑わない怜莉だからその笑顔は格段にきれいに見えた。思わず顔に血が昇ってしまう俺。
くそっ・・・・こんな顔されたら怒るに怒れないじゃないか・・・。
「それじゃ早速明日から参加ね。顧問の先生には私から言っておくから」
「あ、ああ、分かった」
・・・・なんかうまくやりこまれてないか・・・・俺。まぁ、いいか。怜莉のあんな顔が見れただけでよしとしよう。よしとしろ、俺。そうでも思わなきゃほんとにやりきれないっつーの。怜悧が演劇部だという事実はこの際無視しろ。